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プレゼンがうまいとは。

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浅野先生のmixiの日記と、なづーのブログに書いてあったことに、私もドキッとした一人なわけですが、そもそもなにを基準に「プレゼンがうまい」と言えるのか、少し考えてみました。


1.プレゼンがうまい≠優秀
これは「作品の質」という点(取り組む態度もあるかも)において、すぐわかることだと思います。しかし、作品の質という点を一度置いておいて、考えたいことがあります。
それは「伝えられるか伝えられないか」という点です。


2.伝えられるとどうなるか。伝えられないとどうなるか。
どんなに作品の質がよくても、情報デザインという分野において、私が常に考えていることは、「伝えられなければ意味がない」ということです。
それはなぜか。
お恥ずかしいことではありますが、学生時代の自分の作品に対して、「作品の質が高い」と豪語できるようなものは…ないということ。
それと作品は作って終わりではないということ。
作品を作る上で学ぶ機会というものはたくさんあるかと思います。過程ももちろんそうです。
でもがつがつ一人で作ってるときに一番学べているかというと私はそうではなかったかな?と思います。
私が一番学べた!と思う瞬間。それは人に見てもらって、意見を聞いて、新たな知識やものの見方、考え方に触れたときです。

人から意見をもらうとき、必ずすることがあります。それは自分の作品や意見をしっかりと伝えること。


つまりなにが言いたいかというと、相手に伝えられるか伝えられないかで、自分の学ぶ機会や伸びしろが変わるのではないかということです。


3.プレゼンがうまい≠優秀、伝えられる=伸びる
「プレゼンがうまい」「優秀」の基準に依存する話ではありましたが、要は「プレゼンがうまい=伝えられる」としたとき、そのときは優秀でなかったとしても、今後優秀になる可能性をもっているのではないかなと思います。




余談。
社会人になってから、しゃべれるにこしたことはないなあと思うことが多々あるので、うまいとまではいかなくても、しゃべれることは強みになるんじゃないかなぁ。

ようは「プレゼンがうまい=人を丸め込める話術をもっている」ではなく「プレゼンがうまい=コミュニケーション能力が高い」になればいいんじゃないかなあ…なんて。
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自分が本当にしたいこと

卒論提出も終わり、卒論発表も終わり、残すところは卒展・・・だけではなく、今週末に武蔵工大で行なわれる現代GPの準備も進めてます。

で、もうすぐ卒展だ?ということで、過去の卒展にいらして下さった方のブログを読んで、質疑に備えようとしていたんですが(笑)そこでちょっと思ったことがあったので書きます。

3年生まで、私は「○○のためのデザイン」ということでデジカメとかケータイオーディオプレーヤーとかのインタフェースデザインをしていた。
デジカメの例を取り上げるとして、自分の「写す」活動を分析して、自分の「写す」活動に必要なモノ(デジカメ)のデザインをする、という流れなんだけど、今それを自分がやるとしたらどんなものができるだろう?多分、あまりインタフェースにこだわらないものになるんじゃないかなと思った。
課題として「インタフェースをデザインする」ということがあった(というと言い訳っぽいですが・・・)ので、どうしてもインタフェースがデザインの中心になっていたところがあるけど、自分が本当にやりたいことが、インタフェースのデザインだけでできるとは思えないところがある。
「それはただ単に自分が本当にやりたいことができるインタフェースのデザインができないだけなんじゃないの?」とも考えられるけど、自分が本当にやりたいことをやるためには、モノを使う段階に行く前の状況が必要になってきてしまうんじゃないかと。(それを含めたデザインをしているつもりはあるんだけど)

大体自分がデザインするモノって、現状の問題を解決するタイプのものではなくて、現状をもっと楽しく!なタイプのものが多いんですけど、それってヒト対モノのやり取りよりも、ヒト対ヒトのやり取りが多くて、自分対デジカメだけで楽しいわけじゃないじゃん!て考えるようになってきたような気がするというか・・・。

3年の課題が終わった後はコミュニティバスのデザインをやるようになったので、自分に必要なモノのデザインはあまりやる機会がなくなってしまったんですが、某企業の実習とか、夏にやったワークショップとかで自分が考えたものって、インタフェースにはあまりとらわれてなく(PC使わなかったせいもあるかもしれないけど)システムとか、ネットワークとかヒト同士のやりとりとかに重点が置かれた提案が多くて、しかもその方が私的に気に入っているものが多かったりするんです。
FF/FXのデ研でやったやつとか結果は伴わなかったけどなんだかんだでプレゼンするときすごい楽しかったし完全に突き詰められた提案ではなかったけどこれ使いたいなーって思うものができたと思う。

この提案が面白いか面白くないかって判断できるのって経験しかないと思うんだけど、それを置いといて自分の提案が好きか嫌いかって結構重要だと思う。
自信に繋がるっていうのもあるけど、自分の強みとか個性とかにもなるし、その提案を考えていて楽しいか楽しくないかで伝えられる側にも影響するし。
やってて楽しくなかったら意味ないじゃん!て思うんです。何に関しても。

仕事をするようになったら、ハードありき、っていうのは免れることはできないことだとは思うんだけど、それにとらわれない「活動」を考えられる人になりたいなあと思う。

***

卒論発表で思ったこともあるのでちょっと。
違う研究室の発表を聞いていてう?んと思ったんですけど、私がやっている研究って「仮説」があるのかどうかってこと。
「目的」と「仮説」と「結果と考察」があると聞いていてもすんなりわかりやすいなーと思ったんですが、自分の発表には「仮説」は含まれていなかった。
やる前に「こうだろうなー」と思うことはあるけど、それってどのぐらい重要なの?
他の研究室の研究の仮説の重要性はわかったんだけど(なかったら目的と結果があいまいになる、と私は考えてる)自分がやる上で、仮説というものは「自分の想像」の範囲を出ることはなかった。
それってまずいのかな・・・研究として「仮説」がないのはどうなのよ!!って言われちゃうのかな・・・。
デザイン系の卒研やってる人って、仮説どうしてるんですか??どういう扱いなんですか??
その他の研究室はデザインをやっているわけではないけど、他のコミュニティを調査したり参与観察したりっていう点では似ていると感じたところもあって、簡単に「全く別もの」っていう風にも考えられないし・・・。(そもそも研究というカテゴリで同じだし)
うーんうーん・・・これ、今後の課題。

***

2月24日に銀座のアップルストアでインタフェースデザイン演習の受講生有志が展示をするようです。私もちらっと見に行きます。どんぐらい変わってるのかなー。

みちみち

syugo.jpg


生きてます・・・。
間があけば間があく程書きづらくなりますね。

さて、1月も終盤です。
卒論は9割程度書けてるのであともうちょっと。
でも作るもの作らないと書けないのよねー。

今週の土曜にフィールドワークに行ってきます。
その次の週の土日もフィールドワーク。それで終了。

卒論だけでなく卒アルとか卒展とか授業とか色々あってワタワタしています。

そういえば今日でインタフェースデザイン演習も最後です。
さっき2限の子たちがプレゼンしました。

まあ授業なのであんまり突っ込んでもしょうがないんですが・・・とりあえず思ったことは、やっぱり全部を説明しようとするのはどうなの?ってこと。
短い時間の中で全員集まってブレストとか考察とかしてきたからそれを説明したい気持ちもわかるんだけど、5分という短い時間の中で全部を言っていたら、本当に大事なところをはしょることになってしまうわけで・・・。
今まで見てきたから読み取ることもできるけど、ちょっともったいないなーと思いました。こう・・・手際が悪いというかなんというか。

でもまったく知らないメンバーとグループワークやるっていうのは貴重な経験になったんじゃないかなーと。
大変だけどね。

あとは3限の子たち!楽しみだなー。
一人すごい子がいるんですよ。
「Loading」とかすごい作り込んでて、「これ何か見ながら作ったの?」って聞いたら「自分の感覚でやりました」とか言って。そういう細かいとこ作り込めるか込めないかでデザイナーの向き不向きって決まっちゃうと言っても過言じゃないよなーと思うわけです。

***

明日からテストです・・・。
全部取らないと卒業できん!!!!
がむばる・・・

ぼやき?

最近、3年生の「スケジューリングのためのデザイン」という課題で相談をされました。

今まであまり3年生から相談してくることがなかったので、私もそんなにつっこんだ話はしなかったんですが、他の子のブログとかを読んだり、授業のアシスタントをしたりですごく思うことがあるので書きます。

プロセスとして、「自分の活動の分析」「コンセプト立案」という流れを取るんですが、自分の活動がそのままコンセプトになっているところがすーーーーーーんごく多い!!!!!!!!!!

つまりどういうことかというと、今やっていることをそのままデジタル機器でできるようにする、みたいな。

ちがうだろーそういうことじゃないだろー

と、すごく思うわけです。

だから、「それを実現することでなにがしたいの?」っていう部分が曖昧だったり抜けてたりしちゃうんです。


夏に空想生活ワークショップに参加して、学んだことがあります。

「会話で考える」ということ。

AさんとBさんの会話で考える。
Aさんが活動をしている人。
Bさんがデザイナー。

小池研や授業の場合両方自分ですけど。

A「私は今○○○○をしています」
A「でも、○○○○が不便だったり、うまくできないんです」
A「本当は○○○○がしたいのに・・・」
B「だったら○○○○があればいいんじゃない?」

こういう会話で考えると、プレゼンする時もスムーズ。
Aさんの最後のセリフが本当はなにがしたいのか、というもっともコンセプトに近い部分。

みんな、ここ、考えられてる?

またまたぼやきですけど

昨日先輩と話していてショックを受けたことがあります。

現在私が取り組んでいる「コミュニティバスのデザイン」は、愛宕地区の住民のために行っていると考えていました。

愛宕にミニバスを走らせるために必要な要素を可視化(デザイン)している、という意味で、ある意味愛宕地区の住民に行っているといえばそうなんですが・・・。


研究は、そもそも自分のために行うものだと。
卒論も、自分のために書くものだと。


そっかーそうだよなー・・・と、思いました。


・・・そつろんがんばります。

最近卒展とか色々同時並行しなきゃいけないことがいっぱいあってブログ更新怠っていてすんませ!

あ、卒展サイトがリニューアルされていました。
よろしければどうぞ

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府中でUI/UXデザインのお仕事をしています。

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